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福岡地方裁判所小倉支部 昭和33年(ワ)333号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し昭和三八年四月一六日から別紙目録記載の土地の引渡済まで一ヶ月金七、五〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

「(一)原告は昭和三八年四月一六日から別紙目録記載の土地(以下単に本件土地という。)を所有している。すなわち、本件土地はもと訴外桝谷音三の所有であつたが、昭和一〇年一一月二四日に右桝谷音三死亡のため訴外桝谷晴弘が家督相続により、さらに昭和二三年七月一一日に右桝谷晴弘死亡のため訴外桝谷秀彦が相続により、その後昭和三〇年二月一五日に訴外杉原清一郎が右桝谷秀彦から買い受け、昭和三〇年八月一三日に訴外東亜商事株式会社が右杉原から代物弁済によつて譲渡を受け、順次その所有権を取得すると共に、いずれもその旨の所有権移転登記を経由してきた。そして、原告は昭和三八年四月一六日右東亜商事株式会社から本件土地を譲り受けてその所有権を取得した。ただその際、登記簿上は同日右東亜商事株式会社から一旦訴外松谷一夫に売り渡され、さらに同日原告が右松谷から買い受けてその所有権を取得した旨の所有権移転登記を了したが、これは当時右東亜商事株式会社が解散し清算中であり、原告はその清算人であつたため、形式上右のような手続を経由したに過ぎず、前記のとおり原告は東亜商事株式会社から直接本件土地を買い受けたものである。(二)ところが、被告は原告が右のとおり本件土地の所有権を取得した昭和三八年四月一六日当時すでに本件土地を不法に市道に供用しており、そのまま現在に至つている。(三)被告の本件土地の市道への不法供用は明らかに被告の故意または過失による不法行為であり、原告は被告の右不法行為により本件土地の使用収益権の行使を妨げられ、そのため昭和三八年四月一六日以降一ヶ月坪当り金一〇〇円合計金七、五〇〇円の賃料相当額の損害を蒙つている。(四)かりにそうでないとしても、原告の蒙つている右損害は公法人である被告の理事者またはその代理人である吏員がその職務を行うにつき原告に加えた損害であるから民法第四四条により、被告にこれを賠償する責任がある。(五)よつて、原告は被告に対し昭和三八年四月一六日から本件土地の引渡済まで一ヶ月金七、五〇〇円の割合による損害金の支払を求める。」と陳述し、

被告の主張に対し

「被告主張の日に国が訴外桝谷音三から本件土地の贈与を受けてその所有権を取得したことは否認する。かりに右贈与による所有権取得の事実があつたとしても、その旨の登記がないから、国は右による本件土地所有権の取得を第三者である原告に対抗しえない。被告のその余の各主張はすべて争う。」と述べ、

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

「(一)原告主張の請求原因(一)のうち、本件土地がもと訴外桝谷音三の所有であつたこと、昭和一〇年一一月二四日訴外桝谷晴弘が右桝谷音三の死亡に伴つてその家督相続をしたこと、昭和二三年七月一一日右桝谷晴弘の死亡に伴つて訴外桝谷秀彦がその遺産を相続したこと、および本件土地につき原告主張のような所有権移転登記が原告主張の順序でなされていることは認めるが、その余の事実は知らない。原告が本件土地所有権を取得したとの主張は争う。(二)のうち、被告が昭和三八年四月一六日当時すでに本件土地を市道に供用していたこと、そして現在まで引き続き供用していることは認めるがそれが不法であるとの主張は争う。(三)ならびに(四)は争う。

(二)かりに、原告がその主張のように本件土地を買い受けたものとしても、本件土地は昭和六年一二月三日国が当時の所有者である桝谷音三から道路敷地用として贈与を受けてその所有権を取得したものである。もつとも右桝谷音三から国に対する所有権移転登記はなされていないけれども、そもそも国が公共の用に供するため道路敷地用として土地を譲り受け所有権を取得する場合は私人相互間の取引とは本質を異にするから民法第一七七条の適用はないと解すべく、従つて国は登記なくして原告に対し、前記贈与による本件土地所有権の取得を主張できるものというべきである。そうだとすると、原告は本件土地の所有権を取得することはできないから、原告が本件土地所有権を有することを前提とする本訴請求は失当である。

(三)かりに原告が本件土地所有権を取得したとしても、昭和三六年一二月三日旧八幡市長は国の機関として前記桝谷音三から本件土地を市道に供用することの承諾を得、昭和七年初め頃旧道路法(大正八年法律第五八号)の規定に基き、本件土地を市道と認定し、直ちに工事に着工してその設備完成のうえ昭和八年中に供用開始の告示をなしたから、本件土地の市道としての供用開始は適法になされたものというべきである。そして、その後昭和二六年八月一日建設省の指示に基き道路台帳等の整備をなした際にも市道の再認定をし、昭和二七年八月一五日再度供用開始を告示している。ところが、同年一二月五日新道路法の施行により、旧道路法上の市道とされていた本件土地は、旧八幡市長により新に新道路法上の市道に認定され、旧八幡市の営造物となつたが、その後昭和三八年二月一〇日旧八幡市が他の北九州四市と合併して被告市が発足した結果被告の営造物となつたものである。ところで、旧道路法第六条、新道路法第四条によれば、一旦道路法上の道路として成立した以上、その道路を構成する敷地等については所有権の移転、抵当権の設定若しくは移転をなす外私権の行使を禁ぜられ、しかもその制限は公法的関係に基くものであつて、登記事項ではないから、登記簿上これを知らなくても自後その所有権を取得した者は右道路法の制限を受けてもともと使用収益することができない土地を譲り受けたに過ぎず、したがつて、使用収益をなし得ないからといつて賃料相当の損害金の支払を求めることはできないものと解すべきであるから原告の本訴請求はその点からも理由がない。

(四)かりに以上の被告の各主張がいずれも理由がないとしても、原告の本訴請求は権利の濫用であるから、許されないものである。」

と陳述した。

証拠(省略)

理由

被告が昭和三八年四月一六日から現在まで引き続き本件土地を市道に供用していることは当事者間に争いがない。

そして本件土地がもと訴外桝谷音三の所有であつたこと、昭和一〇年一一月二四日訴外桝谷晴弘が右桝谷音三の死亡に伴つてその家督相続をしたこと、昭和二三年七月一一日右桝谷晴弘の死亡に伴つて訴外桝谷秀彦がその遺産を相続したことはいずれも当事者間に争いのないところであるからこれらの事実といずれも成立に争いのない甲第一ないし第二四号証に証人松谷一夫、同杉原清一郎の各証言を総合すれば原告主張の(一)の事実を認めることができる。

そこで、被告の(二)の主張の当否について考察するに、本件土地がもと訴外桝谷音三の所有であつたとの当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第二五号証、証人梶原馨の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証に証人梶原馨の証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると、本件土地はもと登記簿上は遠賀郡八幡町前田字今市三九四番地田一反六畝六歩と表示された土地の一部であり、右土地が昭和二四年一〇月一日に地目変更によつて同番地宅地五二九坪四合と変更登記され、さらに同日一二筆に分筆登記されるに至つて登記簿上一筆の宅地として記載されるに至つたものであるが、昭和六年一二月三日に当時の所有者であつた訴外桝谷音三から旧八幡市の市道用地として国に贈与されたことが認められるけれども、右桝谷音三から国に対する右贈与による所有権移転登記のなされていないことは被告の認めるところであるから、前示認定のように原告が本件土地を正当な買い受けかつその移転登記を受けている以上、国は右贈与による本件土地の所有権の取得を以つて第三者である原告に対抗することができず(右贈与は私人間の取引とは本質を異にするから民法第一七七条の適用はないとの被告の主張は採用できない。)、したがつて、被告の右主張は採用することができない。

ところで、原告は被告の本件土地の市道としての供用は不法行為であると主張するのに対し、被告は本件土地の右市道としての供用は適法になされたから原告は賃料相当額の損害金の支払を求めることはできない旨主張するので、以下その当否について考察を進める。

前記乙第一号証に成立に争いのない乙第三号証、いずれも証人梶原馨の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第二号証の一ないし三と証人梶原馨の証言ならびに弁論の全趣旨によれば、昭和六、七年頃国の機関として旧八幡市長が本件土地を市道に認定し、設備を完成したうえ昭和八年頃供用開始を告示したことが認められ、また昭和六年一二月三日当時の所有者であつた訴外桝谷音三から旧八幡市の市道用地として本件土地が国に贈与されたことは前示認定のとおりであるから、本件土地は昭和八年頃旧道路法上の市道として旧八幡市によつて適法に供用されたものといわなければならない。

ところで、このように公物として成立すると、その後その公用を妨げられないようにその物の上の私権の成立または行使につき種々公法上の制限が課せられるのは当然であつて、この点につき、旧道路法第六条は「道路ヲ構成スル敷地其ノ他ノ物件ニ付テハ私権ヲ行使スルコトヲ得ス但シ所有権ノ移転又ハ抵当権ノ設定若ハ移転ヲ為スハ此ノ限ニ在ラス。」と規定しているのである。そして、その法意からすれば、一旦右道路法上の道路として成立すると、以後その道路を構成する敷地の所有権は右道路法の制限を受け、したがつてその後その敷地を譲り受けた者は右の制限を受けた土地所有権を取得するにすぎないものと解すべきである。

しかして、前示認定のとおり本件土地に成立した旧道路法上の市道につき、その後その供用が廃止されたことを認めるべき証拠もなく、また弁論の全趣旨によれば、昭和二七年一二月五日新道路法の施行により旧八幡市長によりあらたに新道路法に基く市道の認定がなされた結果本件土地は市道として旧八幡市の営造物となつたこと、そして、昭和三八年二月一〇日旧八幡市が他の北九州四市と合併して被告市が発足したので、結局被告の営造物となるに至つたことが認められるけれども、新道路法にも旧道路法第六条と同内容の規定が存する(新道路法第四条)から本件土地の道路としての公物性は何ら影響をうけないものというべきである。

そうだとすると、原告が本件土地の所有権を取得したこと前示認定のとおりであるが、被告の市道としての供用は前示のとおり適法でなんら不法の廉はなく、かつ原告の本件土地の右所有権の取得は既に本件土地が適法に市道として供用された後であることも前示認定の諸事実によつて明らかであるから、原告が取得した本件土地の所有権は既にその取得の当初から新道路法第四条の制限を受けて、市道としての供用廃止行為がない限りは、原告としては本来その使用収益をない得ない性質のものというべく、原告に本件土地を使用収益し得ないことによつて蒙る損害はあり得ない道理である。したがつて、本件土地所有権の不法の侵害がありかつ右損害ありとして被告に対し賃料相当額の損害金の支払を求める原告の本訴請求はその余の争点について判断するまでもなく原告主張の(三)、(四)いずれの立場よりするも既にこの点において理由がないものといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

目録

北九州市八幡区大字前田字今市三九四番地の一二

一、宅地    一〇二坪六勺(但し実測七五坪七合三勺)

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